「これさえ払えば大丈夫」は通用しない! 固定残業代制度の正しい範囲と運用

~誤解されやすい定額残業代制度の注意点と整備のコツ~
固定残業代(定額残業代)制度は、人件費の予測可能性を高めたり、採用時の給与を魅力的に見せたりするメリットがある一方、その導入や運用を誤ると、未払い残業代請求などの大きなトラブルに発展するリスクがあります。
「固定残業代を払っているから、残業代はすべてカバーされている」―このような誤解が、思わぬ法的な問題につながります。
今回は、特に誤解されやすい「固定残業代でカバーされないケース」に焦点を当て、トラブルを避けるための整備のコツを解説します。
🔷「そこまでは含まれません」固定残業代のよくある問題点
「固定残業代」と称していても、法律上、その金額に含まれていると認められない、または別途支払いが必要になる主なケースは以下の通りです。
(1)設定時間超過分の残業代
最も基本的な注意点です。
- 例: 月20時間分の固定残業代を設定しているが、実際の残業時間が25時間だった場合。
- 結果: 固定残業代の対象となった20時間を超える5時間分については、別途、割増賃金を支払う義務があります。これを超過支払いしないと、未払い残業代となります。
(2)深夜労働・休日労働の割増賃金
固定残業代が「通常の時間外労働の割増賃金」のみを対象としている場合、以下の割増賃金は別途計算が必要です。
- 深夜労働(原則22:00~翌5:00): 深夜帯に行った労働に対する割増賃金(通常賃金に25%以上)。
- 法定休日労働: 法定休日に労働させた場合の割増賃金(通常賃金に35%以上)。
固定残業代にこれらを含めることも可能ですが、その場合は「深夜労働○時間分、休日労働○時間分を含む」といった形で、明確に区別して記載しなければ、認められない可能性が高くなります。
(3)基本給と固定残業代の区別が不明確な場合
賃金総額の中に固定残業代が「埋没」している状態も危険です。
- 例: 「月給30万円(残業代を含む)」という記載のみで、基本給と固定残業代の金額・時間数が不明確な場合。
- 結果: 固定残業代部分が法的に有効と認められず、賃金全額を基本給とみなされ、残業代の全額を改めて支払うよう命じられるリスクがあります(「残業代全額払いリスク」)。
(4)最低賃金未満となる場合
固定残業代を「除く」基本給が、最低賃金を下回ってはなりません。
- チェック: 基本給 ÷ 1ヶ月の平均所定労働時間 ≧ 地域別の最低賃金
この条件を満たさない場合も、固定残業代制度自体が無効と判断される可能性があります。
🔷トラブルを避ける!固定残業代制度 整備のコツ
固定残業代制度を正しく機能させ、トラブルを未然に防ぐためには、次の3つのポイントを徹底しましょう。
(1)「明確区別性の原則」の徹底
最も重要なポイントです。
賃金規程、雇用契約書、求人票など、すべての書面で以下の項目を明確に分けましょう。
- 基本給の額
- 固定残業代として支払われる金額
- 固定残業代が何時間分の残業に相当するか(時間数)
例:「基本給:200,000円」「固定残業手当:50,000円(時間外労働30時間分として)」
(2)超過支払い義務の明記
固定残業時間を超えた場合の取り扱いについて、「超過分は別途、割増賃金を支払う」旨を明確に記載します。
- これは、従業員に対して「残業代が青天井ではない」ことを理解してもらい、安心して働いてもらうためにも不可欠です。
(3)正確な労働時間管理
固定残業代を導入しても、「定額働かせ放題」になるわけではありません。
- 1分単位での勤怠管理を徹底し、従業員の実際の残業時間を正確に把握し続ける義務は変わりません。
- 残業時間が固定残業時間を超えた場合、迅速かつ正確に追加の支払いを行うための管理体制を構築することが必須です。
🔷まとめ:正しい運用が企業の信頼につながります
固定残業代制度は、人件費管理の強力なツールですが、「制度が有効と認められるための条件」が非常に厳格です。
特に、①基本給と手当の明確な区別と、②超過分の残業代を必ず支払う体制の二点が、法的なトラブルを避ける上での生命線となります。
曖昧な運用や、労働者にとって不利益な誤解を生むような表記は、未払い残業代の請求リスクを高めるだけでなく、企業の信頼を大きく損ないます。
健全で透明性の高い制度運用こそが、優秀な人材の確保と定着につながる第一歩です。
🔷専門家への相談で安心の運用を
制度設計や規程の文言一つで、有効性が左右され、数年分の未払い残業代請求につながるリスクもあります。
制度の導入・変更をご検討の際は、専門家である社会保険労務士や弁護士にご相談いただき、貴社の実態に合った、リスクの少ない制度設計を行うことを強くお勧めします。
ご質問やご相談は、お気軽に横山社会保険労務士事務所までお問い合わせください。
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